何でも知りたがりの当ブログのコンシェルジュが森羅万象に「寝ながら」世話をやきます。


by USOHACHI2007
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いわき・いわき市石炭化石館 その②

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模擬坑道へ通じるエレベーターに趣向が凝らされて
います。
一緒に汗を流そうと問いかけているようです。(www




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箱の中は壁面いっぱいにトラマークの格子が付けられています。
坑道へのアプローチとしてナレーター付き60秒ほどの小旅行です。
(地下)300m→600mと表示されています。
真っ暗になるのでカミさんと息子はパニック&タジタジです。




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ここからリアルなマネキンの演出が始まります。
演出には会話も付加されています。
「きょうは暑いだっぴゃ~」
「おどさん、気をつけるにゃ~」
ってな感じです。

「狸掘り」
安政2(1855)年頃

石炭のあるところを追っかけて掘っていたのがこの頃です。
狩猟的採炭です。
家族単位での作業が多かったようです。
狸のねぐらに似ているのでこの名前がついたと書かれています。




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「手ハンマーにより孔を繰る切羽」
明治5(1872)年頃

ハンマーと火薬を使って石炭採取したのがこの頃です。
左の半裸の女性は火薬の込物(アンコ)を作っています。




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筋肉のアウトラインなど上手に作り込まれています。




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「圧気による孔くり」
昭和8(1933)年頃

圧縮空気を使った機械による孔くりが確立しました。
産業革命的な進歩だったでしょう。
削岩機と発破を繰り返す手法で産出量も圧倒的に
多くなったようです。
記述にはありませんが機械を使うことにより家族単位の
作業形態から会社組織に変容したのがこの頃と思われます。




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「手積採炭」
昭和19(1944)年頃

産出量の増大は積み出しの効率化にも一工夫されました。
富国強兵の時代背景が合掌造で坑道を強化しレール敷設による
量産体制に導いたのでしょう。


ここまで見ますと戦前は劣悪な環境下での作業だったようです。
作業員全員が上半身裸です。
安全・保安装備もヘッドランプぐらいです。
軍手すらつけていないのが劣悪な環境であるのを
物語っていますし同時に軍手の高価さが予想されます。
記述にはありませんが粗暴犯、政治犯が押し込められて
いたとは想像に難くないでしょう。




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「サンドダンプローダーの掘進」
昭和37(1962)年頃

進化しすぎです。いきなり重機が登場します。
細やかな時代の流れがここにきて大雑把を遂げます。
無理があるなぁ。

この重機はキャタピラー走行による自走式です。

認識度の強い色として重機には暗がりでもわかる黄色が
使われていますがこの30年代でこの考え方が確立して
いたかどうか疑問が生じました。
疑問が晴れないのでその③へ続けます。
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by USOHACHI2007 | 2007-08-14 23:35 | 雑記